2021年ブログ始動

令和3年5月3日

9ヶ月間あまりブログの更新が無かったのは、ある論文の投稿に集中していたためである。

私は20年間RB1機能が欠失したがんの攻略法をひたすらに追ってきた。Ras、糖代謝、脂質代謝、サイトカイン・ケモカイン、微小環境、コラテラル欠失遺伝子と様々な答えを得た。

しかし、合成CDK4/6阻害剤の登場と進行乳がんへの保険収載がもうひとつの方向性を与えてくれた。すなわち、本剤のRB1野生型腫瘍への適応拡大である。RB1機能はたいがいのがんにおいて不活性になっているが、不可逆的にそうなっていることはあまりない。つまり、RB1に活性を取り戻してもらうことを誰もが考える。

多くの細胞増殖シグナルはD型サイクリンの発現亢進あるいは安定化を誘導、CDK4あるいはCDK6に結合するD型サイクリンを増やすことによって、これらの複合体のキナーゼ活性を上昇させる。これはRB1のモノリン酸化を引き起こす。モノリン酸化RB1の状態はG1期においてしばらく保持されるが、やがて、R pointのあたりからサイクリンE-CDK2複合体による急速な高リン酸化へと進み細胞周期進行が起こる。CDK4と6を同時に阻害すれば、このモノリン酸化が阻害され、RB1は長時間無リン酸化状態に置かれる。このことが細胞にものすごいストレスを与えるのだ。

ただRB1の無リン酸化だけでは、部分的な細胞老化と細胞死は起こるが、治療に十分ではない。これを補完する療法の併用が必要で、乳がんの場合ならば、エストロゲンの生成を抑制するあるいはこれへの受容体の機能を阻害する薬剤を併用する。

これを肝細胞がんの治療に使えないかと考えた。

きっかけは、4年ほど前に、中国からえらく元気な女医さんを研究生やがて博士課程大学院生として迎えたことである。

彼女の興味は肝細胞がんであった。中国で臨床経験を積んでいた。

当時ラボにp107とp53遺伝子を既に欠き、p130とRB1遺伝子はコンディショナルに欠失可能というマウスがいた。東京医科歯科大の味岡逸樹博士より譲渡されていたものである。

まずこのマウスで肝臓特異的にp130とRB1を欠失させることを考えた。Albuminのプロモーターの支配下にあるCre recombinaseを発現するトランスジェニックマウスと掛け合わせれば良いが、五つの遺伝子をホモ型で揃えるのは並大抵のことではない。大学院生が何代かかかってやっと出来る。

代わりに、ハイドロダイナミック法で肝細胞にプラスミドの形でCre recombinaseを導入することにした。しかし、当時これに用いる適当なコンストラクトがラボに無かった。

しかし、大変幸運な事に、現在岡山大学で仕事をされている岡田宣宏博士が当時私のラボでわらじを脱いでいて、彼は、乳腺へのin situでの遺伝子導入の練達であった。

彼に相談したら、PiggyBacでCre recombinaseとGFPを同時に発現し、これをトランスポゼースと一緒にハイドロダイナミック導入するシステムを瞬く間に創ってくれた。

これを尾静脈から急速導入すると、はたして、数ヶ月後に、みごとな肝細胞がんが生じた。RB1の不活性化が肝細胞がん発症につながり得ることの遺伝学的な証明である。しかし、このことは米国のグループが我々に先んじて報告していたので全くのノーベルではない。しかし、本番はここからで、彼女は、このようなマウス肝細胞がんにRB1を戻すとCDK4/6阻害剤がよく効くようになることを示した。

これもあたりまえの事ではあるが、論文というのは、当たり前のことが当たり前に起きる系であるということをきっちりと提示しながら論旨を進める。

ここから彼女はRB1が保たれているヒトの肝細胞がん細胞株にスイッチし、CDK4/6阻害剤への感受性を調べ始めた。治療効果は、やはり中途半端である。

そこで、CDK4/6阻害剤への増感を可能にする化合物のスクリーニングへ動いた。ただし、薬剤と薬剤の組み合わせは使用する濃度の最適化が大変である。彼女に、RB1の恒常的活性化型変異体をあらかじめ潜り込ませた肝細胞がん細胞株を使用することを提案した。

その結果得られた化合物はCDK4/6阻害剤への増感を可能にすることが判明した。マウスに植えた肝細胞がんもこの組み合わせによって見事に治療する事が出来た。CDK4/6阻害剤を肝細胞がんに作用させるとこの化合物の標的であるキナーゼが活性化し、細胞死を回避するのだ。ここを叩けば、CDK4/6阻害剤は最大限の効果を発揮する。

詳細はやがて論文が公開されるのでそこでお読みになっていただきたい。

4月19日にこの論文がアクセプトになった。そこまでには、件の如く、トップジャーナル・サーフィンをやったので、時間がかかってしまった。論文の落ち着き先が決まるまで、ブログを書くような気持ちになれず、ここまで手が止まった。

アクセプトを見届け、2020年に刊行した論文に関する総説を校正に頼み、いくつか貯まっていたreviewを片付け、科研費やAMED予算に関する届け出も全て終了、やっと宿題が終わったと、本稿に着手した。

さてどこから書こうかと考えると、2021年の年初のことも全く書いていない。じゃあ、その辺からぼつぼつと書こうかと思う。

いま3回目だが、年初は2回目の緊急事態宣言下であり、元日は、初詣も歩いて行ける下御霊神社のみにとどめ、その後も家に居た。しかし、2日になると他の家人はじっとしていられず初売りなどに出かけてしまった。

猫しかいないので、今年の弾き初めをやった。

なにから弾こうか少し考え、ベートーベンのソナタ集を開き、ここを選んだ。

29番ソナタの第3楽章。ここは嬰ヘ短調で書かれている。

8分の6拍子という不安定な感じ、先を見通せない形式性の破壊、だんだんと無調性な感じに変遷する曲想など、この頃の世の中の雰囲気に合うかと思った。

シンコペーションで伴奏されるこの一節は世の中にこれほど悲しいメロディーがあるかというほどに悲痛である。天真爛漫な1楽章、勇ましく素早い2楽章、堅牢極まりないフーガが決然として展開する4楽章に挟まれて、このような悲しみの極致が表現される。

この辺まで来ると無調性の傾向が顕著で、自分がどこを彷徨しているのか定かでなくなる。

しかして第4楽章の冒頭にはこの雰囲気をきっぱりと断ち切るような挿入がなされ、フーガへとなだれ込む。このフーガは50年ピアノを弾いてもやはり演奏至難で、立ち向かう気にさえならない。しかし、聞くととても元気になる。

第4楽章は弾けないが弾いた気になっておいてピアノの蓋を閉めた。

さて、現実の世の中に第4楽章は来るであろうか?

投稿者: 髙橋 智聡

ピアノを50年以上弾いている。芸事が大好きで、ほかに、茶道、義太夫三味線、能管、ドイツリートなどいろいろ手を出したが、すべて下手の横好きだった。西洋の古典音楽と日本の文楽をこよなく愛する。この15年ほど、夏山行にはまっているが、太ってしまったのと、まとまった時間がとれないのが悩み。金沢からなら、2−3時間もあれば、北アルプスの主要な峰々の登り口に到達する。そして、虎ファン。現、金沢大学がん進展制御研究所教授、内科医。研究の話は、HPで。 http://omb.w3.kanazawa-u.ac.jp/index.html

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