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Imslp.  – 楽譜の世界のアメリカ新大陸   2020年6月28日(7月1日改訂) 

6歳の頃にピアノを弾き始め、寮に入った高校時代と浪人時代を除いては、手元にピアノがありました。下手くそではありますが、芸歴だけは長いので、大抵のピアノ曲の楽譜は京都の自宅に並んでいます。大半は、京都三条の十字屋、銀座の山野楽器等で購入、最近は、長岡京にあるピアノ譜専門店から送ってもらいます。貧乏であったボストン時代に入手した廉価版も多いです。ウィーン等で記念に買ったものも。これだけ長くピアノと付き合うと、弾いてはみたいが、楽譜の手に入らぬ曲というのが出てきます。Googleさんに聞いてみると、大概You tubeに行き当たり、譜面と音楽が一緒になって進行するというのが視聴できます。しかし、この楽譜で演奏しようとすると、吹き込まれている演奏と同一のテンポで弾かねばならぬ、つまりどんどんページは変わるので、事実上使えません。

ピアノ弾きというのは、大概、ガラパゴス島に住むは虫類の如くでありまして、独奏、つまり、自己完結した音楽がほとんどですから、他の演奏家や愛好家と情報交換するということがあまりありません。私は、医師国家試験の半年くらい前まで、かなり有名な芸大(桐朋学園)のピアノ科を卒業された現役ピアニストのピアノ教師に師事し、発表会やミニコンサートで、ベートーヴェンやショパンの独奏曲を弾くことはありましたし、招かれた結婚式で、グリーグの書いた結婚式にちなんだ独奏曲を披露したこともありますが、基本的に独奏を人に聴かせることを好みません。自分で弾くと、いかにも独りよがりな音楽としか自らの耳には聞こえず、耐えきれなくなります。私の好きなのは、合奏であります。例えば、バイオリン曲の伴奏。研修医時代の上級医にバイオリンの達者な先生がいて、数ヶ月かけドボルザークのソナチネを一曲(4楽章全部)仕上げた事がありました。これはきちんとした発表会までやって、このとき使用したピアノは、古いハンブルグスタインウェイのグランドをチューンナップしたものでありました。これ以外にも、いろいろなところで、ベートーヴェン、バッハ、エルガーなどの作品を伴奏してきました。家内は、ボストン時代に、娘二人にバイオリンを習わせ、うち一人は、バッハのコンチェルトくらいはなんとか弾くようになりましたので、これが大成するのをいまかいまかと待ち構え、ベートーヴェンのスプリングソナタ、クロイツァーソナタ、フランクのソナタ、位は、時々稽古して準備していましたが、受験期が来てしまい、バイオリンを放り出し、私の切なる希望はただの夢と化しました。連弾も大好きですが、大学時代の師匠のもとを卒してからは、周りに相手がおらず、ピアノをやったことのある家内もとても使い物にはならないので、これも長く封印されております。

大人数の合奏も多少の経験があります。中学の頃、管楽器や弦楽器を演奏できる生徒をかき集め、弦楽器の足りぬところを、鍵盤楽器を弾ける者がアコーディオン(ソプラノ、アルト、テナー、バス)で埋めるという珍妙なオーケストラがあり、ベートーヴェンの交響曲やストコフスキーが編曲したバッハの作品など演奏しておりました。私はバスアコーディオン、オケでいうとチェロかコントラバスのパートが担当です。オーケストラへの興味はこのころに醸成され、大学に進学するや、あの京大オケの門を叩くことになります。最初、チェロを志望し、そこに、舞台に出るまで60余人のwaiting listがあることを発見し、ビオラに志望を変え、貸し楽器を持たせてもらってギーギー鳴らしてみましたが、ピアノに慣れた私には、ほんの時々表に現れ夢のような旋律を聴かせることがあり、無いと絶対に困るのではありますが、曲の大半において高音パートと低音パートをくっつける糊のように機能するこの楽器への親しみがどうしても湧かず(天皇陛下、ごめんなさい。)、バイオリンや管楽器は時遅きに失っしており、やっぱり僕はピアノと決心し、オケを去りました。

一生の思い出になった合奏は、小さい編成のオケとモーツァルトのピアノ協奏曲9番ジュノムをやったことです。これは私の結婚式においてピアノ協奏曲を弾くという大目標をたて、京大オケでオーボエを吹いていた同級生が知り合いをかき集めてくれ、ピアノの先生からは半年間猛特訓をしていただき、実現しました。リハーサルでは、ピアノの先生がテンポを出してくれたので、割に良かったのですが、本番では、指揮者を置かなかったので、開始のテンポが予想よりもかなり遅くなり、20小節ほどまでアンサンブルはぐちゃぐちゃで、慌てた思い出があります。あと一回、研修医仲間でホルンを吹く先生に焚き付けられ、京大オケの2軍(演奏旅行に連れて行ってもらえない団員たち)とベートーベンの1番の協奏曲をぶっつけ本番でやったことがあります。あの汚いオケ部屋の汚いピアノにおいてあったのが、なんとミニスコアで、ほとんど見えず、これは惨憺たるものでした。

さて、何を思うたか、家内が数年前にバイオリンを習い始めました。娘二人にバイオリンを習わせた経験があるので、知識はあるのと、娘達が弾くのを聞いて興味を持ったのかもしれません。しかし、娘たちの上達は、目を細くして眺めることができても、彼女の稽古は、目がつり上がります。我が家の猫の名をハリーといいますが、ハリーは、彼女が稽古を開始するやいなや、ダイニングテーブルの脚に括り付けた爪とぎ用のカーペットに直行し、10数回、かなり大きな音を立てて爪を研いだかと思うと、寝室に逃げ去ります。しばらくしても音がやまぬと、こちらに出てきて、家内の足に体当たりし、家内を見上げて何事かつぶやきます。このコンテクストにおいて、ハリーが、「やめて」と言っているのは明らかですから、このつぶやきをAIなど用いてよく解析すれば、かつてロゼッタストーンがヒエログリフの解読に貢献した如くに、猫語の全容が解明されると私は信じております。

この家内が、同じ教室に通う、バイオリンをはじめ様々な弦楽器を習う生徒さんたちと徒党を組み、こともあろうに、アンサンブルとかオーケストラなどと称して、合奏をしているらしいのです。一度たりともこれを聞きに行こうとしたことはありませんが、実に様々な曲をやっているらしく、しばらくの間ビバルディが鳴っていたかと思うと、昨日はモーツァルトの40番らしきものの冒頭が聞こえてきて、私は、モーツァルトが泣いているとつぶやきました。家内が、いろいろな曲のパート譜をしょっちゅうダウンロードしてはプリントアウトして弾いているので、そのソースは何なんだと尋ねました。すると、IMSLPなるサイトがあって、そこから無料でダウンロードできるのだというのです。

早速PCを開き、行ってみました。おびただしい数の楽曲の音源とスコアがアップロードしてあり、すべて、ダウンロード可能で、はじめ、これはきっと違法サイトだと思いました。しかし、よく読んでみると、国によってルールは異なるらしいですが、死後一定期間を過ぎた作曲家の絶版になった楽譜が、篤志によってスキャンされコレクション化されているのでした。検索は簡単で、Googleを開き、imslp.の続きに、日本語でも英語でも、興味のある作曲家や曲の名を入れれば、たちどころにスコアが出てきます。まだ版権の残っているもの、武満徹、いわんや、ジュリーや松田聖子は出てきません。例えば、ベートーヴェンの3番の交響曲を検索してみましょう。imslp. beethoven symphony 3 で検索すると、100を越える音源がまず出てきます。画面を下にスクロールしていくと、「楽譜」に行き当たります。そこには、18種のスコア(総譜)、31種のパート譜、そして、37種の編曲譜があります。オーケストラの総譜は、ものによってはかなり立派で、楽譜屋や書店で売っている美しく冊子化されたミニスコアもよいですが、あれは、かなりの高額でありますし、鑑賞用であれば、これで十分かと思います。大学の同期に3つくらいの素人オケを掛け持ちしてオーボエを吹いている先生がいて、しょっちゅう演奏会に招待してくれますが、彼らは、こうやって譜面を調達するんでしょうか? 続いて、編曲譜のところを開いて見ていくと、管楽器と弦楽器の小規模編成のアンサンブル用に書き直したスコアや、バイオリンとピアノ向けに書かれたもの、8手(4人で2台のピアノを弾く)そして4手(2人で1台のピアノ弾く)用のピアノ譜がたくさん出てきます。これぞヨーロッパで、テレビもなければ、Youtubeもなければ、アマゾンプライムビデオも無い当時、人々は、家庭において、1台のピアノで連弾をやって長い夜を過ごしたのです。調べた限りほとんどのオーケストラ曲や弦楽四重奏等器楽曲に様々なバージョンの編曲で4手版が出版されております。たぶん、編曲を生業とする人がたくさんいたのでありましょう。非常に感心したわけです。しかし、4手版は日頃ひとりでしかピアノを弾かぬ私にとってあまりありがたくはありません。 

ところが、4手版のさらに下を調べると、あるではないですか。2手版です。これならお一人様で弾けます。これを調べるとあるはあるは、絶版になった古い楽譜をスキャンしているので、かなり見づらいものもありますが、大半は、大丈夫です。ブライトコップ&ヘンテル社のものもかなりあり、大概は、かなりきちんとした編曲がなされています。ベートーヴェンの3番だと、いろいろなひとがいろいろな編曲を遺していて、リストが編曲したものも見いだされます。ところが、彼のは、ご想像のように、演奏会用に書いた、極めて演奏至難なものであります。最初調子よく弾き始めても、途中にむちゃくちゃ難しいフレーズがはいり、両手を挙げちゃいます。しかし、大概の版は、家庭向けに書かれていて、中級より上の腕前なら、様々なオーケストラ曲を、初見であっても、実際のだいたい7割くらいのテンポでほぼ快適に弾いていけます。変わったものでは、チャイコフスキーやメンデルゾーンのバイオリン協奏曲、あるいは、ドボルザークのチェロ協奏曲を2手用に編曲した版などあり、弾いているといまソロパートかオケかどっちを弾いているのかわからなくなることがありますし、特にチャイコフスキーでは、バイオリン向けに書かれた細かいパッセージをピアノで弾くのは至難で、雰囲気で弾き飛ばすか、適当に割愛して、いきなりオケのtuttiに入ったりします。こういうのがめちゃくちゃに楽しいです。これに負けず面白いのが、オペラとバレエのピアノ版です。これらは、歌い手や踊り子の稽古に使うものですから、原曲がかかれて間も無しに作成され、実地に使用されることによって磨かれてもているので、非常によく書けていて、弾きやすくもできています。序曲からフィナーレまで行くと3時間以上かかります。まだ成し遂げたことはありませんが、挑戦してみるつもりです。

私は、件の中学のオケで、少しだけ学生指揮をさせてもらったことがあり、スコアを見ながら音楽をした経験は僅かにありますが、どんなオケ曲のスコアを見てもただちに頭の中で音楽が鳴り出すかというとそうはいきません。でも、ピアノ編曲ならば、見ただけで音が鳴ります。和音の構成も理解します。弾きながら、小指の音はフルートか、その次は、オーボエかと想像します。金沢と京都を連絡する特急の中で、しばしば、これを開いて眺め、作曲家の意図を愉しみます。

ただ、ピアノには楽器として持っている限界があり、例えば、モーツァルトのグランパルティータでオーボエが小さく吹き出しだんだんに音量を上げるような真似は決してできません。弦が同じ音を細かく刻むのも簡単には真似できないので、2度くらいずらしたトレモロで代用します。編曲によっては、原曲のもつ雰囲気が見事に台無しにされたもののたくさんありました。でも、たのしい。

あるとき、これをプリントアウトせず、iPadでフルスクリーン表示することを思いつき、そうやって弾いてみると、ページ送りが1秒くらいかかり、しょっちゅう曲が止まりますが、使えないこともありません。金沢の自宅に電子ピアノを置いていますが、楽器としてのあまりにもつまらなさに、滅多に蓋を開けぬのです。しかし、コロナによる自粛で、居酒屋やバーで眠たくなるまで過ごすという悪い生活習慣がなくなり、夕食を済ませるとお皿を洗い、次にピアノに向かうという学生時代の生活が復活しました。貸家ですので、ヘッドフォンします。ふと気づくと、モーツァルトの40と41を最後まで弾き終えていたり、ブルックナーの7番が2楽章まで終わったりで、午前2時くらいまで弾いていることがよくあります。コロナ中に見いだした新しいたのしみです。

編曲で無い、ピアノ独奏用のピアノ譜も、十字屋が泣き叫ぶのではないかと思われるほど完璧に揃っています。ただ、ピアノ独奏の譜面は大概のものをコレクションしていますので、私がダウンロードしたいと思う曲は限定的です。しかし、ピアノ譜のなかには、十字屋のカウターで代金を支払うときに、店員の顔色をうかがってしまうものがあります。ラフマニノフやシューマンのピアノソナタを差し出すとき、十字屋の店員は一瞬こちらを見て、「おっちゃん、これ弾けんの?」という顔をします。通販でこういう譜面を買っても、冒頭から一小節も弾けないということが起き、もったいないことではあります。これらは鑑賞用かアナリーゼ用にまわります。ところが、このサイトからダウンロードするのは、そういう罪悪感や経済的負担無しにできます。文化遺産を無料でダウンロードするのに心理的抵抗があるのであれば、月に3ドルほどのドネーションをすればよく、こうすると、無料の場合よりもダウンロードが15秒早くなります。私はこれを払うと主張しましたが、家内にきつく止められました。15秒待ちなさいと。

音楽関係の方には当たり前のシステムと思いますが、ガラパゴスピアノ弾きの私にとっては、このデジタル楽譜システムを見いだしたことは、アメリカ新大陸を発見したかのような出来事でありました。京都の自宅の近くに、夜になるとクラシックのミニコンサートを開催する喫茶店がありますが、こういうところでやる演奏会では、iPadを楽譜にし、ページめくりは、Bluetoothかなんかでつないだフットスイッチを用い、手を一切触れずにやるんだと聞きました。おじさん、感心することしきりのコロナ中でした。

怒りのハリー

よく見えぬがクライスラーのバイオリン曲をラフマニノフが編曲した版かも?

投稿者: 髙橋 智聡

ピアノを50年以上弾いている。芸事が大好きで、ほかに、茶道、義太夫三味線、能管、ドイツリートなどいろいろ手を出したが、すべて下手の横好きだった。西洋の古典音楽と日本の文楽をこよなく愛する。この15年ほど、夏山行にはまっているが、太ってしまったのと、まとまった時間がとれないのが悩み。金沢からなら、2−3時間もあれば、北アルプスの主要な峰々の登り口に到達する。そして、虎ファン。現、金沢大学がん進展制御研究所教授、内科医。研究の話は、HPで。 http://omb.w3.kanazawa-u.ac.jp/index.html

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