序文

ブログの序文

私の小さな計画  2020年6月27−28日

FBを始めた当初は、中学の同窓生FBを自分で立ち上げたり、楽しくて楽しくて、ほぼ毎日投稿しましたが、「友達」の数が200にも達すると、そこには、小学生の時にふざけ合った同級生から、高校・大学の同級生、最前線に立つ医師もいれば、高名な研究者や教授、学長や社長ほどの人、あるいは、たまたまバーで知り合ったようなひとも含まれ、つまり、読者のバリエーションが大変に広く、おいそれと記事を書くことができなくなり、萎縮してしまい、しばらく積極的な投稿をしませんでした。事実、SNSというのは、かなり気を遣わねばならぬ情報伝達手段のひとつです。先日、コロナ関係の記事のいくつかが強く私の目を引き、シェアというのをやってみたら、中学の同級生数人からレスポンスがあり、調子に乗ってそれにも返事を書いていたら、同業者の「いいね」がついたのを見て、無防備にも私にとって専門外のことをかなり多くの人たちの面前で論じてしまったことに気づき、恥じ入った次第です。

しかし、私は、物心ついた頃より、文章を書いては人に読んでもらうのが好きであります。長じた今も、かなりの口下手なので、大概のことはメールや手紙で済ませるのが楽です。電話は滅多にしません。小学生のとき、その当時としては先進的な「作文のクラス」があり、臨時の国語の先生、彼女は私の住む市内の小さな書店のお嫁さんでありましたが、作文を持って行くと、まず全体の感想を述べ、それから、細かく添削をしてくれました。中学に進むと、やはりちょっと変わった国語の先生があり、生徒のうち希望する者の日記を毎日読み、そこに感想を書き込んだり、文章を添削するという作業をしてくれました。この頃、クラスの新聞委員となったときは、ガリ版刷りの新聞を作り、そこにびっしりと手前勝手な論説を書くのが私の愉しみでありました。これを配り終えたときの読者の反応は皆無でありました。

高校に進学してからは、中高一貫校に高校から編入したため、苛烈な勢いで勉強をせねばならず、宿題以外に日本語を書く時間を見いだすことはおよそ不可能でありました。それでも、読むことは諦めず、学校の図書館は超高校級の蔵書を誇り、休みの日に市内に出ると、山口の片田舎で育った私を興奮せしめる紀伊國屋書店がありましたので、古今東西の良書に親しむことができました。大学に入ってからは、はじめ、高校・浪人時代に中断したピアノに集中し(日に7時間稽古をすることがありました)、高学年では、ウイルス発がんの研究に夜遅くまでのめり込みましたので、思ったほど書くことをいたしませんでしたが、それでも、時に随筆や小説を書きました。川端風のものを書いたこともありますが、原稿は、すべて、留学に旅立つ前頃に焼いてしまったようです。

医師、そして、研究者になってからは、眼前の仕事に集中せねばなりませんし、時々、日本語の雑誌やニュースレター等に留学記や書評などくだけた小文の寄稿を頼まれたりはありますが、好きなテーマで好きに日本語を書くという機会も時間はまずありません。日本語で書くのは、もっぱら、研究費の申請書、報告書、日本語総説、メール、というところです。しかし、金沢大学で研究室を持って初代のホームページを作ったときに、ここぞとばかりに、ブログをつくり、これをリンクし、そこに週に2つずつほどコラムを書いた事があります。これは大変に楽しかったです。しかし、ある日、私のホームページに、大学かあるいは文科省からだったかもしれませんが、監査が入り、ニュース欄に研究室でお花見をした記事を載せたことが問題視されたらしいのです。その苦情は、私個人にではなく、なぜか秘書に伝えられました。秘書の報告を受け、私は、この小役人め、とこれを相手にせず、この記事を抹消することはしませんでしたが、ブログへのリンクは危険かと感じ、新しくホームページを設け(https://omb.w3.kanazawa-u.ac.jp)、個人的な記事とのリンクを外しました。また、英語で書く本物の論文の執筆に集中せねばなりませんので、ブログに記事を書くという習慣を徐々に喪失しました。ある医学系の出版社から、がん生物学を初学者向けにわかりやすく解説した著書を単著で書きませんかという誘いを頂戴したことがあります。長大な時間と労力を要する上に、この手のもので個性豊かな文章を書くことは御法度でありますので、お断りしました。また多分多くのアカデミア関係者が誘いを受けると思いますが、幻冬舎等から私費出版の誘いが時々来ます。おそらく二百万円ほどの投資が必要で、私にはそのような資力はなく、しかも、私が、がん研究でないテーマで書を著すのは、他から見れば笑止千万でありましょう。もしも私がもうちょっと高名な研究者であったら、阪大のN先生のように、自由闊達に本を書いたりもできるかもしれません。しかし、残念ながら、そうではありません。あまりに分不相応です。

そのようなことで、気の赴くままに日本語を書きたいという衝動は長く封じられ、フラストレーションが貯まり、時折、暴発し、研究室のFBに長い思いで話を書いたり、対面ですればすぐにすむような話を長大な文章にしたててメールで送りつけたりします。読まされる方は堪ったものではないでしょう。ところで、ある日、東北大学の教授から、一冊の冊子が届きました。おそらく大学生協でやってくれるような、つまり、学位論文を冊子にしたような感じで、退官時に出す業績集にしてはえらく貧弱だなあと思い中身を見ますと、それは、その先生の随筆を集めたものであり、「教授の雑文」と表紙にあります。その先生とはどこかの学会でお会いし、まだ新幹線が金沢に来ていなかった頃東京から金沢に電車で移動するときに在来線特急はくたか号の車窓から見える山々の話で盛り上がり、そういえばぼくはこんな文章を書いたよということで、彼の随筆集を送ってくださったのでした。お互いに大の山好きでした。しかし、これは数年も前のことで、この冊子の存在をしばらく失念しておりました。最近、コロナで学会や会議がなくなり、研究室内の学生も減って、少し時間的な余裕が生じた時、私は、突如、大学の仕事部屋の断捨離を思いつき、珍しく決然としてこれを実行しました。3日以上を費やし、20年ほど連れ添った論文のコピーの山をすべて捨て去り、過去30年の実験ノートを除いては、ほぼペーパーレスの部屋に変貌させました。かつて、誰かがふいに私の部屋を訪れたときに、40センチほどの紙の束が崩れ落ちたのを呆れ顔で見られた事があります。数百キログラムに及ぼうかというゴミ捨てを手伝ってくれた研究室のメンバーや、大量にでた個人情報を含む書類をいちいち中身を確かめながらシュレッダーにかける秘書さんには、大変なご苦労をおかけしました。まあ、それはよいとして、この断捨離の最中に、私はこの冊子と再会しました。

この冊子と再び対面した時にムクムクと首をもたげたのが、この先生のように気の向くままに日本語を書いてみたいという欲求でした。随筆集?気恥ずかしい。業績集?ちと早い。どうにかして日本語を書き、それを無理矢理「読ませる」手はないか?ブログは、読んでくれる人が非常に少ない。となれば、FB、しかも研究室専用でなく、ここに。このFBでは、大学の同級生たちが、豊かな経験や深い思索に基づいた堅牢なあるいは文学性さえ感じる文章を頻繁に載せていたり、先輩が、コロナに関する刮目すべき議論を展開していたりで、その中にこういう文書を掲載するのは、かなり肩身が狭いことではあります。私は、連絡用に作ってある研究室のFBをしょっちゅう利用するので、日に一回はついでにFB全体の記事に目を通します。このとき、毎度つまらぬ事ばかり書く人の投稿は読み飛ばします。同級生の投稿した近況と写真は大概見ます。そうか、これって、読みたい人だけ読めばいいんだと気づきました。SNSは怖くもありますが、特定の個人を攻撃したりせず、賛否の分かれるような考えを述べず、拡散されても差し支えのない内容ならば、書き込みをしても構わぬかなと思うようになりました。私の書く雑文など、人畜無害です。しかしながら、ここへの書き込みは、少し時間が経てば、自分以外、誰も読めぬようになります。第一、私の一回に書くものは、おおむねこの序文ほどの長さです。スマホ等で読む人には大変です。やはり、ブログかと。ブログを再開し、これから書き下ろす文章や過去の文章を蓄積し、アップデートしたことだけをFBで告知すればよいのです。

というわけで、ブログを再開しましたので、これから時々、まとまった量の文章を投稿してみます。過去のブログ、非営利的な冊子に寄稿した文章、あるいは、これから新たに書き下ろす文書を、「独り言」として、時折書き付けてみたいと計画しています。研究の話、音楽の話、金沢の話、山の話、などが中心になるでしょうか。これは、これまでは作る気はなかったのですが、退官時にもしかすると作るかもしれぬ業績集に、ここで書きためた話を10個くらいつけて、代表的な論文をいくつかくっつけちゃえば、いっちょ上がりです。先日退官された病理の教授がその手で業績集をお出しになられていました。でも、ぼくのことだから、すぐに気恥ずかしくなったり元気をなくしたりして、やめちゃうかもしれません。

(写真は先々代のブログ)

投稿者: 髙橋 智聡

ピアノを50年以上弾いている。芸事が大好きで、ほかに、茶道、義太夫三味線、能管、ドイツリートなどいろいろ手を出したが、すべて下手の横好きだった。西洋の古典音楽と日本の文楽をこよなく愛する。この15年ほど、夏山行にはまっているが、太ってしまったのと、まとまった時間がとれないのが悩み。金沢からなら、2−3時間もあれば、北アルプスの主要な峰々の登り口に到達する。そして、虎ファン。現、金沢大学がん進展制御研究所教授、内科医。研究の話は、HPで。 http://omb.w3.kanazawa-u.ac.jp/index.html

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。